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歴史

森永製菓はいろいろなパイオニアです
1899
明治32年
森永太一郎がアメリカから帰国し、「森永西洋菓子製造所」設立。
  1900年当時
1905
明治38年
「おいしく たのしく すこやかに」のシンボル、エンゼルマークを商標登録。
1912 大正元年
「森永製菓株式会社」となる。
1914
大正3年
ポケット用紙サック入りミルクキャラメル発売。爆発的な人気を呼ぶ。
1918
大正7年
日本初のチョコレート一貫製造による国産ミルクチョコレートを発売。
1919
大正8年
・日本初の飲用ココア、
ミルクココア発売。
・8時間労働制の導入
1920 大正9年
ドライミルク製造開始、
翌年発売。
1923
大正12年
マリービスケット発売。
1930
昭和5年
赤ちゃん専用の離乳ビスケット、森永マンナ発売。
1937
昭和12年
第1回「森永母の日大会」を開催。
1944
昭和19年
ペニシリン国産第一号完成。
1954
昭和29年
日本初のバンドオーブン導入。
1957
昭和32年
ホットケーキの素発売。
1959
昭和34年
ウォルトディズニーエンタープライズ社と日本初のライセンシー契約締結。
1960
昭和35年
・バレンタインデー企画を展開。
・日本発の国産インスタントコーヒー発売。
・教育設備助成会設立と同時にベルマーク運動に参加。
1963
昭和38年
エンゼルパイ発売。
1964 昭和39年
ハイクラウンチョコレート発売。大ヒットとなる。
1967
昭和42年
・キョロちゃんデザインのチョコボール発売。
・チョコフレーク発売
1969
昭和44年
ハイソフトを発売。
1971
昭和46年
小枝チョコレート発売。
1972
昭和47年
チョコモナカ発売。
1975
昭和50年
ハイチュウ発売。
1977
昭和52年
チュッパチャップスキャンデー輸入販売。
1982
昭和57年
おっとっと発売。
1986
昭和61年
CIによる 新エンゼルマーク発表
1989
平成元年
アイスボックス発売。
1993
平成5年
ソリッドダース発売。
1994
平成6年
ウイダーinゼリー発売。
1999 平成11年
・森永創業100周年を迎える。
・第1回 リトルエンゼル無人島探検隊実施。
2000 平成12年
全工場がISO14001取得完了。
2002
平成14年
カレ・ド・ショコラ発売。
2004
平成16年
上海でハイチュウ製造開始。
 
2006 平成18年
森永剛太、会長就任。
矢田雅之、第7代社長就任。
2007 平成19年
バリーカレボー社と業務提携。
2008 平成20年
米国森永製菓設立。
2009
平成21年
ウイダー事業本部設立。
日本の西洋菓子のパイオニア
「日本に西洋菓子を普及させる」という大きな夢を胸に、創業者森永太一郎がアメリカから帰国したのは1899(明治32)年。わずか2坪の工場で西洋菓子を作り始め、やがて松崎半三郎というパートナーを得て事業は飛躍的に拡大し、夢は現実のものとなりました。
 森永 太一郎       松崎 半三郎

 「エンゼルマーク」の誕生!

エンゼルマークは、太一郎が当時よく作っていたマシュマロが「エンゼルフード」と呼ばれることにヒントを得て考えられました。エンゼルマークは誕生以来7回変わってきましたが、森永製菓のシンボルとして現在も使われています。
エンゼルマーク エンゼルマーク エンゼルマーク
最初(1905年)に登場した初代エンゼルマーク   1951年から使われた6代目マーク   1986年から使われているマーク(7代目)
ポケット用キャラメルの発売
「携帯しやすさ」は現代のヒット商品のキーワードですが、森永は1914(大正3)年、当時バラ売りだったキャラメルを紙箱に入れた「ポケット用ミルクキャラメル」を発売し、大ヒットとなりました。以来黄色い箱のミルクキャラメルとして愛され続けています。
発売当時の社内ポスター
チョコレート国産第1号
まだチョコレートが高級な輸入品ばかりで庶民の手に届かなかった時代、森永は最新の設備を輸入し、外国人技師を招いてカカオ豆からのチョコレートの一貫製造を開始。1918(大正7)年に初の国産ミルクチョコレートを発売しました。
発売当時のポスター
8時間労働制の導入
創業して間もない1904(明治37)年に従業員の制服制帽を採用した森永は、1919(大正8)年、業界に先駆けて8時間労働制を導入。戦後も、早くから健康保険組合や厚生年金基金の設立を行うなど、職場環境整備の面でも先駆者として歩んできています。
国産初の量産製造による粉ミルクを販売
キャラメルの副原料確保に練乳事業を手がけていた森永製菓が、1920(大正9)年に初の国産粉乳の大量生産を開始。翌年から「森永ドライミルク」を発売しました。
第1回「森永母の日大会」を開催
1936(昭和11)年、「森永母を讃える会」を作り、諸団体と協力しながら翌1937年に「母の日」の普及活動を全国規模で展開。「ありがとうお母さん」を日本に定着させました。
ペニシリンの国産第一号
1944(昭和19)年、日本陸軍医学校と共同でペニシリンの開発に着手し、国産ペニシリン「碧素一号」を完成。戦争で傷ついた人々を救いました。
日本初のバンドオーブン導入
1954(昭和29)年、森永はビスケット製造用に全長70mのバンドオーブンを導入し、高品質ビスケットの大量生産を開始しました。
バレンタインデーの普及活動
森永は戦前から広告の分野でもパイオニア精神を発揮してきました。1960(昭和35)年、チョコレートのバレンタインデー企画をマスコミを使って大々的に展開。バレンタイン行事が日本に定着するきっかけを作りました。
初登場!スパウト付きゼリー飲料
1994(平成6)年、スパウト付きゼリー飲料「ウイダーinゼリー」を発売。今ではすっかり定着したその飲料スタイルも「ウイダーinゼリー」の新しい提案からスタートしました。
全工場でlSO14001認証取得
1998(平成10)年、小山工場が日本の菓子業界で初めて、国際基準を満たす環境マネジメントを実践している工場としてlSO14001の認証を取得。業界のさきがけとなりました。さらに2000年には全工場が認証を取得しました。

 
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