サステナブルなお仕事No.37

アクアポニックス・デザイナー

濱田健吾はまだ けんごさん

アクアポニックス・デザイナー

濱田健吾はまだ けんごさん

魚のフンで野菜が育つ?
農業と魚の養殖を組み合わせた
「おさかな畑」を広めるパイオニア
えっ! 魚のフンでおいしい野菜が育つってホント!? 実は仕組みは自然界の循環じゅんかんそのもの。
「小さな地球」ともいわれ、世界で注目されている“おさかな畑”=「アクアポニックス」。
日本でいち早くその可能性に気づいたのが濱田さんなんだ。
※アクアポニックス:水産養殖(アクアカルチャー)と水耕栽培(ハイドロポニックス)を合わせた言葉
Q1.
どんなお仕事クエッ?
「アクアポニックス」という循環型の農法を広めています。農業と魚の養殖ようしょくを同時に行うもので、わたしたちは‟おさかな畑”とよんでいます。

水そうで魚を育てる時、フンで水が汚れてそのままだと病気になるので、水をかえないといけません。野菜を育てる時、肥料ひりょうは畑から離れた場所から運んでこなければいけません。それに対して「アクアポニックス」の仕組みは、水に混じった魚のフンを微生物びせいぶつの力で分解し、このフンを野菜の肥料として活用します。フンが取り除かれたきれいな水は再び魚のもとへもどる。これがぐるぐるとくり返されます。

※肉眼では見えない、きんなどの小さな生き物のこと。空気や水、土、体の中など自然界のあらゆるところにいる。
魚・微生物・野菜(植物)が助け合うような仕組み。同じようなことが自然界ではふつうに行われており、自然の力を活用して食べ物を作る方法が「アクアポニックス」。アメリカのバージン諸島(しょとう)で生まれ、主には離島(りとう)や乾燥(かんそう)地帯など、水や資源が不足する地域で行われてきた。化学肥料や農薬を使わず安心して食べられる野菜を育てることができ、おいしい魚を養殖できることから、日本でもSDGsをきっかけにより注目され、世界に広がっている。
魚・微生物・野菜(植物)が助け合うような仕組み。同じようなことが自然界ではふつうに行われており、自然の力を活用して食べ物を作る方法が「アクアポニックス」。アメリカのバージン諸島しょとうで生まれ、主には離島りとう乾燥かんそう地帯など、水や資源が不足する地域で行われてきた。化学肥料や農薬を使わず安心して食べられる野菜を育てることができ、おいしい魚を養殖できることから、日本でもSDGsをきっかけにより注目され、世界に広がっている。
野菜と魚をいっしょに育てることで、使う水やエネルギーを大きく減らすことが可能です。肥料をトラックで運ぶ必要もありません。資源しげんを大切にでき、環境への負荷を小さくし、地球にやさしく、水不足や食糧危機しゅくりょうききなど、たくさんの問題を同時に解決できる可能性があるのがこの方法です。みんなに知ってもらい、実践じっせんしてほしくて、学校を作ったり、農園作りや生産システムの開発をしたり、生産物や機材の販売はんばいをする活動を行っています。
カフェオレベースはコーヒー豆の種類や煎(い)り方などによって色が変わり、ちょっとしたでこぼこやヒビも味わいになる。乾燥させたコーヒーのかす1kgからランプシェードやプランターなら10個ほどができる。(©fujico)
神奈川県藤沢市に農園が2つあり、研究の場にもなっている。「アクアポニックス」で育てる野菜は「えぐみ」が少なく、食べやすいという。
Q2.
なぜ、そのお仕事を選んだクエッ?
宮崎県の自然豊かな場所で生まれ育ち、家が魚屋だったこともあり、小さいころから魚釣りが大好きでした。大学卒業後は会社員として働いていましたが、自然に関わる仕事がしたいと思い、化学肥料や農薬に頼らない農業の勉強を始めました。

そんなある時、ピラルクという世界最大の淡水魚たんすいぎょを釣ることを夢見て調べていると、ブラジルでピラルクを養殖している日本人がいることを知りました。電話をかけて話を聞くと、「ピラルクを養殖している池の水を畑にまくとおいしい野菜ができる」と教えてもらったことが今の仕事との出会いです。

※淡水魚:湖や沼、河川など淡水で生息する魚類
※ピラルク:南米・アマゾン川に生息する世界最大級の大型の淡水魚


調べてみると「アクアポニックス」という農法があるとわかり、ベランダで実験。すると野菜がすくすく育ち、これこそ自分のやりたいことだと感じたのと、周りの人に教えたらすごく興味をもってくれたので、仕事にしたらみんなによろこんでもらえると思いました。
Q3.
仕事で苦労したこと、感動したことは何クエッ?
会社を始めたのは「アクアポニックス」が日本では全然知られていないころ。まずみんなに知ってもらうのに苦労しました。最初やっていたのは家庭用の小さな栽培キットの販売などで、コツコツ広める中、企業きぎょうから「もっと大規模きぼにできないの?」と聞かれても相談できる人もいなくて困りました。

そこで、アメリカの農家で2年間勉強。帰国後、大規模なシステムができるようになった時は「やった!」と思いました。また、農園を見に来た人が「次は子どもを連れて来たい」と言ってくれる時は、自分が伝えたいことが、未来へつながることだとわかってもらえたんだとうれしくなります。
Q4.
どんな子どもだったクエッ?
「アクアポニックス」を広める会社「アクポニ」では、アクアポニックスについて学ぶアカデミー(学校)もある。年間約150人が通い、卒業生が各地で実践している。
自然の中で毎日遊んでいました。週末は川や湖で魚つり。日の出前に起き、友達と自転車で15キロメートル先の湖へ行くこともよくありました。なりたかったのは魚つりのプロ。アメリカにそういう仕事があって、高校生の時まで真剣しんけんに目指していたので、英語もがんばりました。おやつは、お店で売っているスルメを、おじいちゃんがストーブで焼いてくれたのをよく食べていました。楽しみだったのが、たまに近くのお菓子屋さんで買うチョコボール。今でも好きです。
Q5.
未来の大人たちへ
山も海も川も、そして人の生活も、全てがつながっています。循環しています。だから、例えばこのごろ海で魚がとれなくなっているのも海の問題だけではなく、色々な問題をいっしょに考えていく必要があります。

「アクアポニックス」に取り組んでいると、野菜についた虫を殺すために薬を使ったら、魚も死んでしまうのではと考えます。 そこが大切です。楽しみながら気づき、循環を学び、行動を変えてほしい。その積み重ねで地球全体がよくなるはずです。
プロフィール
宮崎県生まれ。大学卒業後、オーストラリアの小学校で日本語教師を2年間務める。帰国後、商社で海外向けの新規事業を7年間担当たんとう外資系がいしけいITサービスの会社を経て、2014年に「アクアポニックス」を広める会社(現在のアクポニ)を設立した。
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