サステナブルなお仕事No.2

海の魔物(まもの)と出会った
“ダイオウイカ博士”
広くて深い海には、知られていない生物がいっぱい。
窪寺さんは、そんな海の中を
調べ続け、海の魔物とおそれられていた
巨大なダイオウイカの姿(すがた)を世界で初めて
写真や映像(えいぞう)でとらえた人だよ。
Q1.
どんなお仕事クエッ?
海のどこにどんな生物がいて、どんな風にくらしているのか などを調べて研究する仕事で、専門(せんもん)は イカやタコなどです。

そのひとつがダイオウイカ。全長18mにもなる、 ヨーロッパでは伝説の海の魔物とされてきた生き物です。
国立科学博物館での特別展(とくべつてん)をきっかけに、 ダイオウイカの研究をはじめて8年後の2004年、生きている 姿の写真撮影(さつえい)に世界で初めて成功しました。
さらに2012年にはテレビ局とのプロジェクトで、世界初の 動画撮影にも成功して、世界中をおどろかせました。

また、わたしがやってきた仕事の大きな役割(やくわり)は、 生物の分類とそのベースにもなる標本の収集と保管です。
標本はその生物がいた証拠(しょうこ)。分類は色んな生物を 知ることに、知ることは多様性を守ることにつながります。
Q2.
なぜ、そのお仕事を選んだクエッ?
高校生の時に部活の山登りから、計画を立てて自分の力で 生きぬくことを学びました。そして、色んなところへ行って 色んなものを見たいという気持ちが強くなりました。

北杜夫(きた もりお)さんの 「どくとるマンボウ航海記(こうかいき)」を読んで航海士に なりたいと思ったのですが、近視(きんし)が進んで あきらめざるをえませんでした。

フランスの海洋探検(たんけん)家ジャック=イブ・クストーの 映画を見て、海の生き物も面白いなと考えました。

大学院に進み、指導(しどう)教官から「生態(せいたい)系に おけるイカ類の役割を考えてみなさい」と、テーマを もらったことがイカ・タコ研究の始まりです。のちにもう一人、 この分野で日本を代表する先生に会って研究を深めました。
Q3.
仕事で苦労したこと、感動したことは何クエッ?
わからないことを明らかにしようとするのが 研究で、それができた時はうれしいですよ。
この仕事だからこそ、世界の色んな海に行け、 海と密(みつ)に関われました。
海は広く深く、人間がもぐれるのはほんの 表面に過ぎません。そして、光の届かない 深海は真っ暗です。最近やっと深海の 生物には見えない光で、その姿を とらえられるようになってきましたが、 まだわからないことだらけ。
その分、魅力(みりょく)的です。
Q4.
どんな子どもだったクエッ?
家は東京・中野の新井薬師(あらいやくし)という お寺のそばで、海とは関係なく、イカ・タコは 好きでも何でもありませんでした。海水浴にも よく連れていってもらいましたが、ふだんは野原で バッタやコオロギ、カナヘビというトカゲをつかまえたり、 池で魚をつったりして遊んでいました。そのころから 生き物は好きで、自分で名前や種類を調べ、小学校では 生物クラブに入りました。
遊びに行く時は母のみそにぎりを持っていき、時々食べた 「森永ミルクキャラメル」はあこがれのおやつでした。 小学校や中学校では学級委員や生徒会役員をやるなど、 ちょっと目立つ存在(そんざい)でしたが、勉強は特に できたわけでもできないわけでもなく、中の上ぐらいでした。
Q5.
未来の大人たちへ
「わからない」を「知る」に変える、それを増やすことは、 色んな生き物がいっしょに生きていく、サステナブルな 世界につながります。イカでも虫でも花でも何でもいいので、 知りたいものができたら、ぜひ研究者をめざして。
研究者になるには、テストで100点を取ることではなく、 何がわからないのか、どうしたらそれがわかるのかを 考えること、知りたいという気持ちを持つことが大切です。
プロフィール
大学院でイカ・タコの研究をスタート。アメリカの大学での研究助手を経て、国立科学博物館で30年以上 研究を続けた。2004年に生きたダイオウイカを撮影。2006年にダイオウイカを釣り上げ、映像を公表。
2012年にテレビ局との共同プロジェクトで撮影した映像が翌年(よくねん)公開されるなど、世界に インパクトをあたえ続ける。2007年にはニューズウィーク誌「世界が尊敬(そんけい)する100人の日本人」に、 2014年には「海洋立国推進(すいしん)功労者」に選ばれた。