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What's Energy?

Vol.05

2020/02/26

モータースポーツ

山本 尚貴

時速300kmで1000分の1秒を争う
山本尚貴のエネルギー源

世界の舞台で知った
トレーニングの重要性

モータースポーツの世界最高峰の舞台で、初めて科学的なトレーニングを導入した選手と言われているのが、ブラジルが生んだ英雄、アイルトン・セナだ。イギリスF3で王者となったセナは、モータースポーツの頂点であるF1にステップアップする前に、まず自らの肉体を改造した。イギリスF3のレースは1時間未満であるのに対して、F1は約1時間半。しかも、車速もF1のほうが速く、コーナーリング時の横G(ハンドルを切った際に外側へ重心が引っ張られる慣性力)は4~5Gにも達する。ジェットコースターで体感できるGは約1.5Gと言われているから、セナが世界最高峰の舞台に足を踏み入れる前に、肉体改造を行おうと考えるのも無理はなかった。

運転技術に関して天性の才能を持ったセナは、トレーニングによって肉体も強靭に鍛え上げられたことで、瞬く間にF1でも活躍。その後、モータースポーツ界を代表する名ドライバーとなった。

そのセナが初めてF1で王者となった1988年に、栃木県宇都宮市で生を受けたのが山本尚貴だ。レース好きの父親の影響で6歳のときに近所のカート場でカートに乗った山本は、それまで感じたことがない優越感に浸った。

「周りの子たちがやっと補助輪が取れた自転車に乗り始めようしていた頃に、僕はカートに乗っている。まるでみんなより先に大人の仲間入りしたような感じになったし、ちょっとレーサー気分も味わえました」

セナのように世界で活躍するレーシングドライバーになりたいと、日々腕を磨いた山本は14歳のときにカートのレースで日本一となる。しかし、世界を目指してイタリアへ渡った2004年と2005年に山本を待っていたのは、海外の選手との肉体的な差だった。

「イタリアでの2年間で、1番強く味わったことは、自分の体力のなさ。そして、フィジカルトレーニングの重要性でした。日本でも必要最低限の基礎トレーニングはしてたんですけど、海外に行ったら、サーキットの路面が日本と異なり、ハンドルがものすごく重く感じたんです。それで自分のパフォーマンスが発揮できなかった。ライバルとコース上で戦う以前に、体力で負けていたということが、あまりにも情けなかった」

イタリアから帰国後、カートから四輪に転向した山本は、再び、ライバルと戦うために、これまで以上にトレーニングを行い、体力づくりに励んだ。

中島裕トレーナーとの出会い

そんな山本に力強いサポート役が現れる。それは山本が乗るチームのメインスポンサーとなっていたinゼリーなどでアスリートたちをサポートしている森永製菓だった。

「森永製菓さんとの関係は、単なるチームのスポンサーというだけでなく、選手がトレーニングラボにきて、実際にトレーニングできるという内容でした。そこで2013年のシーズン途中の6月に初めてトレーニングラボを訪れたときに、紹介していただいたのが中島(裕)さんでした」

当時、森永製菓にはすでにさまざまなスポーツのアスリートが訪れてトレーニングを行っており、中島裕も多くのトップアスリートたちを指導していた。しかし、モータースポーツは中島にとって、山本が初めてだった。

「モータースポーツ選手をトレーニングするというのはまったく経験がなかっただけでなく、モータースポーツ自体をほとんど見たことがなかったので、未知の世界に足を踏み入れたなって感じでした。そこでモータースポーツに関する論文を読んだり、実際にサーキットに行って、山本選手が乗るレーシングカーのシートに座り、レーシングドライバーがどんな態勢で運転し、運転中はどんな作業を行なっているのか知るために、レーシングカーの構造も学びました」(中島)

実際にレーシングカーのシートに収まってみたことで、中島はモータースポーツ選手がかぶっているヘルメットを支えるために首を鍛えたり、横Gを受けた際にはシートの中で体がブレないよう体幹を鍛えることが大切だということ以外にも、さまざまなトレーニングが必要だということを悟る。レース中、ドライバーは速く走るためにアクセルとブレーキを踏みつつ、ステアリングを切るだけでなく、ステアリング上に付いたさまざまなボタンやスイッチを、時速約300kmという状況の中で瞬時に正確に操作しなければならない。さらにピットインのタイミングや戦略の変更などのやりとりを行うために、ドライバーは運転しながらピットにいるエンジニアとも必要に応じて無線交信も行わなければならない。そのためには筋力を鍛えるだけでなく、常に冷静な判断を下せるよう、脳へ酸素を送り込み、血中の酸素濃度を上げるトレーニングも大切となるということだった。

「例えば、筋トレのときに心肺系も同時に強化するというメニューです。筋トレだけだったら、しっかりと刺激をいれて、一回きちんと休憩を挟み、再び筋肉に負荷をかけるっていうのが一般的です。でも、モータースポーツは瞬発系スポーツじゃない。コーナーは少し休んだら、また次のコーナーが来て、持久力も重要です。つまり、息が上がっている状態でも、筋力を維持しなければなりません。それを意識したメニューを中島さんには組んでもらっています」

中島と共にトレーニングを開始した2013年。この年、山本は初めて日本一の座に就いた。

体調管理にinゼリーを効果的に活用

山本はフィジカルなトレーニングとともにレーシングドライバーにはもうひとつ大切なことがあると説く。それは栄養管理だ。

「レースの世界では、車重はグラム単位、重心はミリ単位で管理しています。なぜなら、重量変化はクルマの運動性能に大きな影響を与えるからです。10kgの変化でラップタイムは0.2秒から0.3秒変わるって言われています。もしドライバーの体重が500g変わると、それだけで理論上、ラップタイムは0.01秒変わることになります。だから、僕たちドライバーはシーズン中にできるだけ体重を変化させないように気を付けています」

しかし、山本は食べることが大好きで、なかなか落ちない体重にかつて悩まされていたという。そんな山本に栄養管理という点からもアドバイスを与えたのが森永製菓トレーニングラボの栄養士だった。

「色々と自分に合う体調管理を試行錯誤していく中でひとつ3年前にファスティング(断食)っていう存在を教えてもらい、5日間試してみました。それが自分にあっていました。いままで経験したことがないくらい体重が落ちただけじゃなくて、目覚めが良く、体調も改善されました。ファスティングによって消化器官への負荷が軽減されたんだと思います。一日3食摂ると、その消化・吸収のために胃腸は常に働かなければなりません。それは寝ている間も同じで、体は寝てるけど内臓は動いてるんです」

腸は脳と自律神経系を介して、体内で密接な関係を築いていることは広く知られている。脳がストレスを感じると胃腸の調子が不安定になるのはそのためだ。

「以前はしっかり寝ていても疲労が残っていたことが何度もあったんですが、ファスティングを取り入れてからは、睡眠の質が向上して、結果的にドライビングにおいても集中力が増し、パフォーマンスも上がったと思います」

山本はこのファスティングをいまでは年に2回実施。食べたい物を食べても体重が増えにくくなり、以前よりも体重のコントロールがしやすくなったという。ファスティング期間以外にも、山本は毎食、写真を撮って何を食べているのかをトレーニングラボの栄養士と情報を共有し、栄養管理に努めている。

「レースは国内さまざまな場所へ移動して行われるので、食べたいものが常にあるわけではないですから、栄養が足りているのか、また食べ物を摂取する種類とタイミングが適切かどうかも指導してもらっています。クルマという機械を使って戦うモータースポーツでは、自分の体調が良ければ勝てるわけじゃないですけど、自分が100%のパフォーマンスを披露できないと、望みうる最高の結果も得られません。せっかくトレーニングした肉体も、食事ひとつでそのパフォーマンスはまったく変わってしまう。食事の重要性を理解したのも、この森永製菓さんのトレーニングラボに来て、栄養士さんから指導してもらったおかげです」

ただし、レース直前や夏場の暑いときなど、レースをやっていると食事も喉を通らないという状況に直面することも少なくない。そんなとき、山本が手にするのが、inゼリーだ。

「このレースは絶対に勝ちたいとか、チャンピオンシップがかかった一戦では、ストレスによってどうしても胃腸の動きが悪くなります。そういうときにinゼリーは、胃腸に負担をかけずに、必要な栄養素が必要に応じて素早く、しかも一日を通してこまめに摂れるので、欠かせない存在です。僕はストロングをよく飲んでいます」

2019年に憧れの世界最高峰の舞台を経験

inゼリーの存在と森永製菓トレーニングラボでの経験により、運転技術だけでなく、自分の体と真摯に向き合うようになった山本は、2018年は国内の主要モータースポーツ二冠に輝くと、2019年にトロロッソ・ホンダから、ついに世界最高峰の舞台でフリー走行に出走。日本人として2014年以来、5年ぶりに鈴鹿で世界最高峰のマシンを走らせた。その中で山本が最も印象に残っていたのが、パワーだった。

「アクセルを踏んだ瞬間に体がシートにめり込む、あの感じは、いままで経験したことはありませんでした」

それでも、初めて操縦した怪物マシンを相手に、山本はミスを犯すことなく、一時はチームメートよりも速いラップタイムをマークし、関係者を唸らせた。山本が何年も前から努力してきた成果は世界最高峰の舞台で実を結んだ。

「やっぱり努力してきたことは裏切らなかった。(2004年に初めて)イタリアに行ってカートのレースを行ったときに経験したあの失敗を、世界最高峰の舞台で繰り返さなかった。それは森永製菓さんといろんなトレーニングを行い、栄養面でもさまざまな勉強をして体を作り上げてきたからだと思います。」

2013年に、山本が初めて森永製菓トレーニングラボに来てから今年で8年目。いまも山本が足繁く通うのは、スポンサー以上の信頼関係があるからだと語る。

「いくらスポンサーになってくれるといっても、もし自分に合っていないなと感じていたら通うのをやめていたと思います。それでも続けているのは、inゼリーなどの製品の良さと、トレーニングラボのスタッフさんたちの手厚いサポートを実感できているからです。僕たちレーシングドライバーというのは、チームに所属していてもヘルメットをかぶって、コースに出ていったら1人。孤独なスポーツです。チームメートといえども、チームからは常に評価の対象として比べられ、プレッシャーの中で戦っています。トレーニングラボに来るとそういうプレッシャーから解放されるし、ときに悩みを打ち明けることもできる。特にトレーナーの中島さんは、トレーニングラボだけでなく、僕がレースを行うサーキットにすべて帯同してくれ、レースの週末は毎食一緒に食事をしてくれたり、ケアをしてくれたり、今では家族のような存在です。自分の気持ちをわかってくれる人、自分の良いところ、悪いところをわかってくれる人がそばにいるっていうのは、なによりも心強い。それが、僕がこの森永製菓さんのトレーニングラボに、長年お世話になっている理由です」

国内のモータースポーツで専属トレーナーをつけているドライバーはごくわずか。それでも山本があえて中島トレーナーを帯同させてレースを行っているのは、世界の舞台を経験したからだ。なぜなら、世界最高峰の舞台では、ほとんどのドライバーが専属のトレーナーやフィジオセラピスト(理学療法士)を帯同させて、勝利を目指して最高のコンディションでレースを行なっているからだ。

山本は言う。「自分のパフォーマンスを100%発揮する為には周りでサポートしてくださる方々の力が必要不可欠です。勝つ為の努力と環境作りに妥協せずにもっと高みを目指したいです。」

頂点を目指した山本の戦いは、まだ続く。

(文・尾張正博)

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