アスリートは、日々の練習やトレーニングで体を酷使し、身体的なストレスを受けています。また、様々な要因からの精神的なストレスも受けるため、その回復のために十分な睡眠時間と、質の良い睡眠をとるよう心掛けている選手が多いと感じます。さらに睡眠は、アスリートだけでなく、すべての人にとって健康に過ごすために重要な要素です。
今回はRonanら(2019)のレビュー論文を中心に、睡眠と栄養の関係のうち、特にタンパク質(アミノ酸)のトリプトファンに着目してご紹介します。
この文献では、睡眠と栄養の関係を探ります。これまでの研究で、高炭水化物・高GIの夕食・メラトニン・トリプトファン・タルトチェリージュース・キウイフルーツ・微量栄養素など、さまざまな栄養介入が睡眠を改善することが示されています。特に体を酷使しているアスリートの場合、睡眠で体の回復効果をもたらすには、十分な睡眠時間と良質な睡眠が必要です。
このうちトリプトファンは、必須アミノ酸で、食事から摂取することが必要なアミノ酸です。トリプトファンは、セロトニンとメラトニンの前駆体であるアミノ酸です。脳のトリプトファンの増加は、遊離トリプトファンと、分岐鎖アミノ酸(BCAA)の比率が増加すると発生し、トリプトファンがセロトニンへと変換し、続いてメラトニンが生成されます。メラトニンとは、睡眠の質と、睡眠の持続時間を高めるなど、催眠効果のあるホルモンで、睡眠と覚醒のサイクル(概日リズム*)に影響を与えます。そのため、その材料となるトリプトファンを摂取することが睡眠を改善する可能性があると考えられています。
トリプトファンを含む食品は、牛乳・七面鳥・鶏肉・魚類・卵・かぼちゃの種・豆類・ピーナッツ・チーズ・葉物野菜などです。特に、乳タンパク質であるα-ラクトアルブミンは、すべてのタンパク質を含む食品の中で最もトリプトファンの含有量が多いと報告されています(1)。
トリプトファンを含む食品を摂取した研究では、
・夜間の覚醒時間を大幅に短縮、睡眠効率と主観的な睡眠の質の向上(2)
・夕方に牛乳に含まれるα-ラクトアルブミンを摂取すると、翌朝の眠気が減少し、注意力が向上(3)
・午前中のトリプトファンの枯渇は、レム睡眠の開始を遅らせる(4)
という先行研究があることから、トリプトファンを含む食品の摂取は、睡眠の質の改善に影響を与えることが考えられます。
結論として、トリプトファンを多く含む食品などの摂取が、睡眠に影響を与えます。それは、覚醒促進のメカニズムを阻害するか、栄養介入を通じて睡眠促進因子を増加させることによって睡眠に影響すると考えられます。しかし、これらの影響については、さらなる研究が必要です。
*概日リズム・・・ほぼ24時間周期で体温やホルモン分泌などの体内環境を積極的に変化させる機能(厚生労働省,e-ヘルスネット,体内時計,参照日2021年1月13日)
今回の文献は、睡眠と栄養の相互作用とアスリートへの影響を大まかに捉えたものです。そのため、断言することはできませんが、上記のような栄養介入は睡眠の質に良い影響を与える可能性が考えられるため、睡眠を改善したいと考えている場合には、一度試してみてもよいかと思います。
具体的に食品から摂る場合は、朝食に「鶏肉・牛乳・納豆などを食べる」、夕食後に「きなこ牛乳を飲む」、などが活用しやすいと思います。トリプトファンはアミノ酸のため、タンパク質を多く含む食品を摂取することが重要です。
アスリートサポートにおいて、睡眠時間や睡眠の質を改善するために行っているアプローチは、主に、練習時間と食事時間と内容の調整です。練習時間の違いに合わせて、3つの例を図に示しました。
それぞれ練習時間が異なりますが、どの選手も少なくとも合計7時間以上は寝られるように工夫しています。また、朝食・昼食・夕食は、バランスの良い食事を食べています。
スケジュール①では、夕食から就寝まで4時間程度あるため、リラックスタイムを確保し、就寝前には、ホエイプロテインやヨーグルトなどを食べています。このリラックスタイムと名付けた時間は、「夕食を消化吸収する時間・副交感神経を優位にする時間」として、基本的には3時間以上確保できるように全体のスケジュールを調整しています。
しかし、練習時間は選手個人で決められないことも多々あるため、スケジュール②や③では、夕食の内容と補食を調整しています。スケジュール②では、練習時間が長く、夕食が遅くなることと、昼食から夕食までの時間も空くため、練習中と練習後すぐに補食をとるようにしています。また、夕食の内容は、炭水化物、タンパク質は不足のないように調整し、消化に時間のかかる脂質は控えめにしています。スケジュール③では、練習時間が遅いため、夕食1回分を練習前に2/3程度食べ、練習後に残りの1/3程度を食べて、就寝前の消化吸収に負担がないようにしています。さらに、夜間の睡眠時間が短くなってしまうため、昼食後に仮眠を取っています。このように、個人ごとのスケジュールに合わせて食事時間とその内容を検討し、様々な観点から睡眠の質を高められるように工夫しています。
今回は、睡眠へ影響がある栄養素のうち、特にトリプトファンについてご紹介しました。
タンパク質は、これまでのコラムでも述べている通り、毎日適切な量を摂取する必要がある栄養素です。睡眠へ焦点を当てたとしても、基本的なバランスの良い食事を摂ることが、結果的に睡眠に影響すると考えられる栄養素や栄養成分を摂取することにつながります。
改めて、バランスのよい食事を摂ることが、様々な観点から重要であると感じる機会となりました。今後も、さまざまな視点を持ち、栄養補給計画とその食事内容を検討していきたいと思います。
(文責)
三好友香