災害から心と身体を守るための栄養とは?
日本は災害大国と言われるほど、災害が日常的に起きており、地震や津波、雪害、風水害などの報告件数は、2008年に5件だったのに対して、2018年には15件となり、10年の間に3倍も増加しています1)。 そのような背景もあり、内閣府の防災情報のホームページでは、今後発生が想定されている「南海トラフ巨大地震」や「首都直下地震」の対策も掲載されています2)3)。このことから、自然災害がいつ起きてもおかしくない状況であることが予想されます。
私は、2014年と2018年に広島で起きた「広島豪雨土砂災害」のボランティア活動に参加しており、その際に現地で被災に遭われた方とお話する機会がありました。非常に大きなストレスを感じていることが痛いほど伝わってきましたが、栄養士としての私にできることはないか?と考えたときに、「厳しい環境の中、精神面を支えてくれる一つの手段に食事があるが、その食事による栄養の偏りが課題である」ことに気がつきました。そこで被災時の栄養リスクの中でも、「ストレス負荷時に必要な栄養素」と「ストレスによる食事摂取量の変化」について、須藤ら4)の実践事例報告を参考に、できる限りわかりやすくかみ砕いた内容でお伝えしていきたいと思います。
須藤ら4)は、被災することによって、ストレスが発生し、その時から起こりうる食欲の変化と、ストレス負荷時に必要な栄養素について、以下のように述べています。
被災時には、ストレスによる食欲低下と共に、食事やその準備にかけられる時間の減少、調理意欲の低下によって食事摂取量が減少する。ストレスが慢性化すると、ストレスからの回復をめざして食欲は増進する。このような背景から、ストレス負荷時は脳のエネルギー源となる糖質と必須アミノ酸を含む良質なたんぱく質を十分に摂取する必要がある。
この内容を踏まえて、まずヒトがストレスを受けたときに必要な栄養素について整理したいと思います。
ストレスを受けることで、「脳-神経系」が刺激されるため、脳と神経系のエネルギー源である「糖質(ブドウ糖=グルコース)」の摂取が必要となります。糖質の摂取が不足した場合は、肝臓に貯蔵しているグリコーゲンを利用してブドウ糖を作ります。一方で、使い果たしてしまうと、体内でタンパク質を分解してブドウ糖をつくりだす「糖新生」が行われます。そして糖新生が長期間続くと、体内のタンパク質分解が亢進するため、タンパク質も十分に摂取することが必要となります。
また、タンパク質の構成成分であるアミノ酸は、ストレスから身を守るために重要なアドレナリン、セロトニン、ギャバ(γ-アミノ酸)などの神経伝達物質の原料となります。そのなかでも、セロトニンは、必須アミノ酸であるトリプトファンがないと合成されません。トリプトファンは慢性ストレスにさらされると枯渇しやすいため、ストレス負荷時にはトリプトファンを多く含む食品を摂取する必要があります。
これらの一連の内容を簡単に概略として表したのが、こちらです。
図1 ストレス時の反応と栄養補給(参考文献を基に筆者作図)
被災時に起こりうる災害現場の実態はいかがでしょうか。
土砂崩れによる道路の寸断や強風による電柱の倒壊などにより、食品の流通やライフラインは、多くが遮断されてしまいます。復旧するまでの間は、パンやおにぎりなどの主食を中心とした支援物資の提供を受けて過ごさなければなりません。その後、徐々に炊き出しやおかずの入ったお弁当の提供が始まると思われますが、被災による不安や恐怖などの心理的ストレスによって十分に食事を摂取できなければ、栄養状態が悪化することも考えられています。
そして、心理ストレスから分泌されるホルモンによって、食欲が変化し、偏った食行動に繋がる恐れがあります。まず、災害が起こると、不安や恐怖から強いストレスにさらされ、交感神経が刺激されることで、ノルアドレナリンが分泌されます。同時に副腎髄質からアドレナリンが分泌されて、交感神経の活動を高めます。それによって、血圧上昇や発汗などが起こり、食欲は抑えられ、食事の摂取量が減ることに繋がってしまいます。
次にストレスが長期間続くと、ストレスの刺激が脳の視床下部に伝達され、最終的に副腎皮質からコルチゾールが分泌されます。コルチゾールにはストレスからの回復をめざして食欲を増進する働きがあるため、食事の摂取量が増えると考えられます。それによって、ストレスの対処行動による食事は、菓子類などの甘い食品や脂肪の多い食品やエネルギー密度の高い食品を摂取する傾向があると考えられます。
被災に遭うと目の前の現場を受け入れることが精いっぱいで、食事の質を考えるほどの余裕はなくなると思います。実際に私がボランティア活動時で向かった場所は、泥まみれの道で下水の異臭と腐敗した木の臭いが混在し、マスクが不可欠でした。私は、突然不慣れな環境で作業をしたため、帰宅時には、食欲が低下した覚えもあります。今思えば、上記のようなストレスにより食欲が低下していた可能性があったかもしれません。
以上のことから私は、被災による心理ストレスから心と身体を守るために「糖質とタンパク質」を意識的に摂取することが大切だと思います。
森永製菓は心と身体の健康を皆様へお届けしたい想いから、「おいしく・たのしく・すこやかに」を企業理念に、糖質とタンパク質が含まれているinバーやinゼリーを開発しています。被災に遭われた方の心や身体のストレスに少しでも寄り添い、何よりも心を大切にして、心や身体の健康と幸せに寄与できるよう、災害時に必要な情報を今後も発信していきたいと思います。少しでもお役に立てれば幸いです。
参考文献
参照日:いずれも2021年6月20日
4)須藤紀子・澤口眞規子・吉池信男(2010)ストレス負荷時の食事摂取量の変化と必要な栄養素─被災者への栄養・食生活支援のために─.日本栄養士会雑誌,53(4),pp349-355.
(文責)
吉本 寛那