アスリートとCOVID-19、免疫系の関係は?
2020年は、世界でCOVID-19が人々の脅威となり、生活の制限を余儀なくされたと思います。競技スポーツの現場では、試合が中止や延期になり、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会も延期になった大会のうちのひとつです。
アスリートにおいては、激しい運動により免疫システムに影響が出る可能性があるという点で「気を付けなければならない」と思いますが、日々のトレーニングによって「ある程度の免疫システムは保たれるのではないか」とも思います。体調に影響を及ぼし、中長期的にトレーニングのできない期間が必要になると、体組成やパフォーマンス、精神面への影響も生じるかもしれません。
このような背景から、栄養士としてアスリートをサポートしていく中で、COVID-19に関する正しい情報を整理する必要があると思いました。今回は、特に免疫系の観点から運動及び栄養について述べられているScudiero et al.(2021)の文献に着目してみました。
Evidence
運動が免疫系に及ぼす影響は、中強度の運動により免疫が増強し、実際に炎症が軽減することや、胸腺※1の量が維持されることが報告されています1)。一方で、激しい長時間の運動により、ウイルスや細菌などの微生物に対して敏感になり、感染症にかかるリスクが高まることも知られています2)。激しい運動によって、ストレス、ホルモンやサイトカイン※2の濃度、体温の変化、血流量の増加、脱水症等が誘発されます。それに伴い、白血球の数が変化したり、鼻や口などの上気道の免疫保護機能が低下したりすることで、COVID-19に感染するリスクが高くなる可能性があります。
(Scudiero et al., 2021より図引用 文責者和訳)
実際に、運動後の上気道感染症のリスクは、J字型の曲線で表されていますが、トップアスリートではS字型になります3)。高負荷のトレーニング経験がない一般的なスポーツ愛好者は、高負荷になればなるほどリスクが増加します。一方で、日常から高負荷のトレーニングを行っているトップアスリートは、その負荷に対してある程度の免疫力を持っています。
(文献3より図引用 文責者和訳)
栄養は、免疫システムに重要な役割を果たすため、栄養不良は感染症リスクを高める一方で、良い栄養状態は感染リスクを低減させます。その中でも特に、抗酸化物質であるグルタチオン(GSH)※3は、感染症への耐性を高めるとされており、実際に、炎症性疾患から身体を守る役割についても報告されています。体内でGSHレベルが低下すると、炎症を誘発する物質が増加しますが、GSHレベルが上昇すると、それらを抑制することができます。
※1 リンパ節に似た構造を持ち、T細胞と呼ぶ細胞性免疫を受け持つリンパ球の分化、増殖に関与する器官
※2 主に免疫細胞から分泌されるタンパク質で、種類が多く、生体防御に関連したものが多いが、細胞増殖及び分化、細胞死や治療に関連するものもある
※3 アミノ酸3種類(L-グルタミン酸、L-システイン、グリシン)から成るトリペプチド
(文献)
運動による免疫システムへの影響は、運動負荷の程度によって異なります。トップアスリートでは、高負荷に慣れていないスポーツ愛好者と比べて、激しい運動による免疫への影響が異なることがわかりました。そのため、それぞれの選手のトレーニング実施状況やコンディションの状態を把握し、免疫の観点からのサポート内容も検討することが重要だと思います。
グルタチオンは、体内での充足レベルが感染リスクと関わりが深いことがわかりましたが、具体的に食事からどの程度の量を摂取する必要があるのかは明らかになっていないようです。3つのアミノ酸からなるトリペプチドであるため、タンパク質との関連はありそうですが、日本人の食事摂取基準2020年版においてはグルタチオンの具体的な目標量等は設定されておらず、日本食品標準成分表2020年版(八訂)においても、それぞれの食品にどの程度のグルタチオンが含まれているかは示されていません。また、グルタチオンだけではなく、その他微量栄養素なども含めて全体的な栄養バランスが整っている状態が、免疫システムの維持に繋がることも、上記文献内で述べられていました。
*サポート現場での活用
アスリートにおける免疫の仕組みについて理解が深まったことで、定期的に運動量やトレーニング内容、コンディションを的確に把握することが重要であると再確認しました。
森永製菓inトレーニングラボでは、選手1名に対してトレーナーと栄養士が1名ずつ担当し、目標とする大会に向けて選手それぞれの課題に対するサポートを行っており、トレーニングの計画はトレーナーから共有してもらうことで把握しています。また、選手、トレーナー、栄養士で定期的にミーティングも行っており、振り返りや現状、今後の方針などの確認から「この時期はトレーニングも練習も負荷が大きいから、体調を崩さないように注意した方が良さそうだな」など、事前の気づきに繋がることも多いです。
さらに、免疫システムは単純に運動と栄養のみで到底コントロールできるものではなく、ストレスなどの日常生活の中での変化も大きな要素の一つだと思います。そのため、選手との何気ない会話に耳を傾けることや選手の周りのサポート者との連携も、リスク管理に役立つかもしれません。
グルタチオンが体内に十分量確保されていることが、免疫の観点において重要だということが分かりましたが、現場で客観的に評価することは難しいと思います。グルタチオンは体内で合成されるトリペプチドであり、アミノ酸で構成されているため、そのアミノ酸の充足させるための日々のタンパク質摂取が重要だと思います。特に、筋肥大を目的としたトレーニングの期間や減量期間(参照:アスリートの減量時、タンパク質の必要量は?)などは、より多くのタンパク質が必要になるため、不足しないように意識を傾けることが大切ではないでしょうか。
*まとめ
免疫の観点から留意すべき点が整理できたと思います。しかし、まだ明らかになっていないことが多いため、今後もアップデートされていく情報を正しく理解し、選手のより良いサポートに繋げていければと思います。
(文責)
高倉 弥希